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 1962年、東洋一の吊り橋『若戸大橋』の開通記念で開催された『若戸博』。その会場となる事で整備された『高塔山公園』、そして『高塔山野外音楽堂』。まるでゴールデンゲートブリッジとハリウッドボウルのカップリングともいえる当時のモダンなランドマークが、シーナさんの故郷『若松』には存在する。
 『ロックな街』北九州若松から、やがて You May Dream!『シーナ&ロケッツ』が旅立ち、高塔山で産まれた『ルースターズ』のサウンドが日本のロックに革命をもたらした。その後もアップビート、ゼロスペクター等、次々とシーンへ駒を進める中、プロデューサー倉掛“HIDE”英彰『ex.NEW DOBB』もメジャーデビュー。東京へと向かった。
 『シーナ』の想いが詰まった1つの場所、『鮎川 誠』という1人の存在が街を変えた。忘れられない1976年の冬、HIDEが大江慎也、池畑潤二 両氏と共に『バラ族』としてステージに立ったその日こそが、鮎川夫妻との出会い『未来を予感した日』だった。
 そんな体験、当時の空気感こそ、次世代へと語り継がれてほしい。シーナさんが残してくれた『高塔山伝説』のリアルだ。